監事
電光石火の問題解決
佐々木 宗一 (ササキ ソウイチ)
15歳の時に中山板金塗装工業さんの先々代に弟子入りして以来、50年以上に渡って建築板金業を生業としてきました。当時自動車関係の仕事に就きたかった私が、中山板金塗装工業さんに弟子入りしたのは、中山板金塗装工業さんを自動車板金の会社だと勘違したからでした。初日に意気揚々と工場入りした時にその勘違いに気づいたわけですが、良い先輩方に恵まれたこと、一枚の鉄板から煙突やダクトなど様々なものを作り上げる行為に面白みを感じたこと、そして何よりも自分で設えた建物の持ち主が喜ぶ姿を見る快感を覚えてしまったことで、その後独立してから現在に至るまでずっと建築板金業者をやっています。今にして思えば、あの時の勘違いによる弟子入りが、自分の人生を決めたことになります。偶然ではなく運命や縁のようなものが私と建築板金業の間にあったんだと感じています。
『より良い仕事をするために考え続けること』が私が施工にあたり心がけていることです。経営学などを学んできたわけではないので、会社運営についてはよくわかりませんが、職人として自分の技術を日々高める努力をしています。そして、施工の際は、その高めた技術をどのように目の前の施工対象の質の向上につなげるかを考えます。もっと言えば、オンとオフの切り替えがあまり得意ではないため、その時に施工にあたっている現場のことを、休憩中や行き帰りの車中、また家に戻ってからも時間を惜しんで考えています。考えることは、エネルギーの消耗が激しい行為ですが、完成した成果物を見てお客さんが喜んでくれる姿を想像すれば苦になりません。
15歳の時に中山板金塗装工業さんの先々代に弟子入りして以来、50年以上に渡って建築板金業を生業としてきました。当時自動車関係の仕事に就きたかった私が、中山板金塗装工業さんに弟子入りしたのは、中山板金塗装工業さんを自動車板金の会社だと勘違したからでした。初日に意気揚々と工場入りした時にその勘違いに気づいたわけですが、良い先輩方に恵まれたこと、一枚の鉄板から煙突やダクトなど様々なものを作り上げる行為に面白みを感じたこと、そして何よりも自分で設えた建物の持ち主が喜ぶ姿を見る快感を覚えてしまったことで、その後独立してから現在に至るまでずっと建築板金業者をやっています。今にして思えば、あの時の勘違いによる弟子入りが、自分の人生を決めたことになります。偶然ではなく運命や縁のようなものが私と建築板金業の間にあったんだと感じています。
『より良い仕事をするために考え続けること』が私が施工にあたり心がけていることです。経営学などを学んできたわけではないので、会社運営についてはよくわかりませんが、職人として自分の技術を日々高める努力をしています。そして、施工の際は、その高めた技術をどのように目の前の施工対象の質の向上につなげるかを考えます。もっと言えば、オンとオフの切り替えがあまり得意ではないため、その時に施工にあたっている現場のことを、休憩中や行き帰りの車中、また家に戻ってからも時間を惜しんで考えています。考えることは、エネルギーの消耗が激しい行為ですが、完成した成果物を見てお客さんが喜んでくれる姿を想像すれば苦になりません。